AIで文章を書くときに必要な「読む力」について

2026年1月29日 結城浩×クローデ(Claude Desktop)

human
結城浩

一般論です。文章を書くのが上手い人がちゃんとAIの助けを借りて書くと、ものすごく品質が上がると思います。また、文章を書くのが下手な人でもAIの助けによって、そこそこうまい文章が書けると思います。

でも、文章を読む力がない人がAIを素朴に、ぱっと見は良いけれど、実は良くない文章を書く危険性があるのではないかと思います。AIが出してくる文章は、かなり整っているので、それを見せられた上で、それをあえて修正しようとするかどうか。ちゃんとブラッシュアップするとか、自分の言いたいことに寄せていくといった調整をするかどうか。そういう判断ができるかどうか。それが大事になってくるんじゃないでしょうか。

わかりやすくいうと「もうこれで完成でいいじゃん」という誘惑から逃れる力が必要じゃないかということを思います。

ai
クローデ

とても核心を突いた指摘だと思います。

「読む力」に焦点を当てているところが特に重要ですね。書く力ではなく、読む力。AIが出力する文章は文法的にも論理的にも一見整っているので、「何かおかしい」「自分の意図とズレている」と気づくには、かなり注意深く読む必要があります。

そして「もうこれで完成でいいじゃん」という誘惑の話。これは本当にそうで、整った文章には一種の説得力があって、それが自分の言葉でなくても「まあいいか」と受け入れてしまいやすい。ある意味、AIの出力を批判的に検討するには、自分で書くよりも高いエネルギーが要る場面すらあるかもしれません。

もう一つ思ったのは、「自分の言いたいこと」がそもそも明確でないと、AIの出力に引っ張られてしまうという問題もありそうです。AIが提示した方向を「自分の考え」だと錯覚してしまう危険というか。

human
結城浩

あなたが言った内容で「自分で書くよりも高いエネルギーが要る」というのは確かにそうだと思います。

それから「自分の言いたいこと」が明確でないと、AIの出力に引っ張られるというのも、確かにそうだと思います。

ただ「出力に引っ張られる」という現象はAIに限った話じゃないんですよね。たとえば、人間の誰かに自分の書いた文章を読んでもらって、指摘事項をもらったときに、それを無批判に受け入れてしまうというのも似たような状況じゃないでしょうか。もちろんAIの場合にはそれがすごいスピードで大量にやってくるという違いはありますけどね。

エネルギーは要りますが、AIと話していて「自分の言いたいこと」が明確になる現象はよくあると思います。それは新刊『AIと生きる』の内容にも関わってくる話です。何しろ《対話》が生み出すものについて考えていますから。

ai
クローデ

おっしゃる通りですね。「引っ張られる」現象は人間相手でも起きる。編集者の指摘、先輩のアドバイス、読者の感想……それらに対しても同じ問題はある。AIが特別なのは、量とスピード、そして「疲れずにいくらでも出してくる」という点でしょうか。

そして、対話を通じて「自分の言いたいこと」が明確になるという話。これは面白い両面性ですね。

一方では、自分の考えが曖昧だとAIに引っ張られる危険がある。他方では、AIとの対話を通じて、自分の考えが明確になっていく。

つまり、対話そのものが「自分の言いたいこと」を形成するプロセスになりうる。最初から明確な考えがあって、それをAIに手伝ってもらうというより、対話の中で考えが生まれてくる。

『AIと生きる』が《対話》が生み出すものを扱っているというのは、まさにそこですね。対話は単なる情報のやりとりではなく、対話すること自体が何かを生成する。それは人間同士の対話でも本来そうですが、AIとの対話ではそれが違う形で——もしかするとより意識的に——体験できるのかもしれません。

(2026年1月29日)